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東京地方裁判所 昭和49年(た)2号 判決 1981年3月27日

被告人 千野(旧姓滝)淳之助

昭四・九・一二生 大工

主文

被告人を原判決判示第一ないし第八及び第一〇ないし第一二の罪につき無期懲役に処する。

本件公訴事実中、被告人が通称小林某外一名と共謀のうえ、昭和二五年五月二〇日午前二時ころ、横浜市鶴見区下野谷町三丁目九六番地滝金作方において、同人所有の現金三、〇〇〇円位を強取したとの点(昭和二六年九月二〇日付追起訴にかかる公訴事実第一二)については、被告人は無罪。

理由

(無罪の説明)

一  公訴事実

本件再審開始決定のあつた原判決判示第九の強盗事件の公訴事実(昭和二六年九月二〇日付追起訴にかかる公訴事実第一二)の要旨は、被告人は通称小林某外一名と共謀のうえ、金品を強取しようと企て、昭和二五年五月二〇日午前二時ころ、横浜市鶴見区下野谷町三丁目九六番地滝金作方で、被告人が右金作の妻たみに対し、所携のあいくちを示して脅迫し、その反抗を抑圧して右金作所有の現金三、〇〇〇円位を強取した、というのである。

二  当裁判所の判断

まず、滝たみ、柿沼道之に対する各証人尋問調書(写)、司法警察員作成の実況見分調書(写)及び昭和二五年五月二一日付神奈川新聞(写)等を総合すれば、昭和二五年五月一九日深夜から翌二〇日午前二時ころまでの間に、横浜市鶴見区下野谷町三丁目九六番地滝金作方で、何者かが、右金作の妻たみに対し、所携のあいくちを示し、「動くな、金を出せ」などと言つて脅迫し、その反抗を抑圧して同女から右金作所有の現金約三、〇〇〇円を強取した(以下、本件犯行という。)ことが認められる。

そこで進んで、本件犯行と被告人との結びつきについて検討するに、被告人の当公判廷における供述、請求人滝淳之助に係る再審請求事件における当裁判所の同請求人に対する審尋調書(写)、警察庁刑事局鑑識課長作成の滝淳之助に関する指紋照会回答書、並びに東京家庭裁判所作成の「滝正雄こと滝淳之助の少年保護事件についての調査について(昭和四七年九月一九日付日弁連人第一〇三号に対する回答)」と題する書面(写)及び「昭和四七年東家裁少第七九号回答書の標題等について(回答)」と題する書面(写)等によれば、被告人は昭和二五年五月一八日賍物牙保の容疑で警視庁上野警察署に逮捕され、その後東京地方検察庁を経由して、同月二〇日東京家庭裁判所に身柄拘束のまま送致され、同日同裁判所において非行名窃盗として中央児童相談所長送致の処分を受けて同相談所へ押送されたことが認められ(ちなみに、右各証拠によれば、被告人は当時満二〇歳であつたのにもかかわらず、右の各関係機関の係官に対し満一六歳であると申告したため、同各係官が被告人の年令を誤認して右各送致処分をしたものと認められる。)、そうだとすると、本件犯行が発生した昭和二五年五月一九日深夜から翌二〇日午前二時ころまでの間においては、被告人は捜査機関によつて身柄の拘束を受けていたことになり、そのような状態にある被告人が自ら本件犯行を犯すことは不可能である(本件が共犯者とされている者らの共謀によるものと認めるに足りる証拠もない。)といわなければならない。

もつとも、検察官が論告で指摘するように、確定判決前の第一審において、被告人は、本件と併合審理されていた他事実の一部については別件で勾留されていたとしてアリバイを主張して争いながら(アリバイを主張した事実については無罪の言渡がなされている。)、本件についてはアリバイを主張した形跡は窺われないのである。すなわち、被告人の供述するところによれば、被告人は児童相談所に送られた翌日の昭和二五年五月二〇日昼過ぎころ同所から逃走したというのであり(既に認定したように被告人に対する家庭裁判所の処分は昭和二五年五月二〇日付であつて、被告人の記憶の正確性には疑問がある。)、そうだとすると、本件は、被告人の記憶によれば右逃走した日の未明(そのころは被告人は児童相談所にいたということになる。)の出来事ということになるはずであつて、右逃走の事実は、被告人にとつて極めて印象の強い、アリバイを証明する体験事実であるのに、右第一審において被告人が右事実を主張した形跡は窺われないのであつて、本件については、なお解明し尽くせないものが残るといわなければならないが、現時点においては前記認定を左右する証拠はない。

したがつて、被告人に対する右公訴事実は犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡をなすべきものである。

(原判決判示第一ないし第八及び第一〇ないし第一二の犯罪事実に関する刑の量定)

既に説示したように原判決判示第九の事実については無罪の言渡をなすべきところ、原判決は、同事実を含む判示第一ないし第一二の事実が刑法四五条前段の併合罪の関係にあるとして、これら全部の事実に対して一個の刑を言渡しているので、右第九の事実を除く原判決判示第一ないし第八及び第一〇ないし第一二の事実について原判決の認定したところに基づき、あらたに刑の量定を行なうこととする。

被告人の原判決判示第一の所為中、各強盗殺人の点はそれぞれ刑法六〇条、二四〇条後段に、各強盗殺人未遂の点はそれぞれ同法六〇条、二四三条、二四〇条後段に、同判示第二ないし第七の各所為はそれぞれ同法六〇条、二三六条一項に、同判示第八の所為は同法六〇条、二三八条、二三六条一項に、同判示第一〇ないし第一二の各所為はそれぞれ同法六〇条、二三五条に該当するところ、同判示第一の各強盗殺人、各強盗殺人未遂及び同判示第一〇の各窃盗は、昭和二二年法律一二四号附則四項により同法律による改正前の刑法五五条の連続犯にあたるので、同法条及び刑法一〇条を適用し一罪として刑及び犯情の最も重い同判示第一の関野幸之助に対する強盗殺人罪の刑で処断することとし、所定刑中死刑を選択するところ、以上の各罪と同判示(1)の確定裁判のあつた罪(なお、同裁判の確定の日は、検察事務官作成の昭和五六年一月二二日付前科調書によれば昭和二五年五月二八日である。)とは同法四五条後段により併合罪の関係にあるから、同法五〇条によりまだ裁判を経ていない同判示の右各罪について更に処断することとし、なお、右の各罪もまた同法四五条前段により併合罪の関係にあるが、被告人を前記死刑をもつて処断し、同法四六条一項により他の刑を科さないこととするところ、被告人は右死刑をもつて処断した罪を犯した当時一八歳に満たない者であるから、裁判時(原判決時)法によれば少年法五一条を適用すべき場合に該当するので、犯罪後により刑の変更のあつた場合に準じ軽い同法条を適用し、被告人を無期懲役に処することとする。

なお、原判決は、冒頭掲記のように有罪を認定した原判決判示第一ないし第一九の各事実の審理に要した訴訟費用についてこれを不可分的に被告人に負担させる旨の言渡をしているので、本再審判決においては、右訴訟費用のうち、有罪を言渡した原判決判示第一ないし第八及び第一〇ないし第一二の罪の審理に要した費用を確定したうえ、あらたに訴訟費用の負担を言渡すべきものであるところ、原訴訟記録は原判決書原本を除きすべて廃棄済みであるため、右公訴事実の審理に要した費用の範囲を正確に確定することは不可能であり、したがつてまた、あらたに被告人に負担させるべき訴訟費用の範囲も確定することができないことに帰するので、訴訟費用の全額についてこれを被告人に負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 新谷一信 谷鐵雄 松本信弘)

(別紙(一))

原判決の認定した犯罪事実(原文のまま)

被告人は、

第一 安本某、国本某の両名と共謀の上、かねて自転車を売却して顔見知りとなつた千葉県市川市国分六反田四百七十四番地自転車修理業関野幸之助方から金銭を窃取しようと企て、相携えて昭和二十二年六月二日午後十一時三十分頃前記関野幸之助方に赴き、安井某が同家屋外で見張をし、被告人及国本某の両名は同家階下の同居人鵜沢重成方六畳間で国本某が所在の薪割(昭和二十七年証第一〇七二号の一)を携えて金品を物色しようとした際、その物音に同室で就寝中の同人妻鵜沢季子が目を覺した気配を感じ、被告人は逃げたが、国本某が右薪割で同女を強打し、被告人は国本某が居直つたと思つて所在の鐵俸(同証号の二)を携えて引返すや、国本某が被告人に対し顔を見られたから一人も二人も同じだ殺害しようと謀り、被告人はこれに同意し、ここに被告人及国本某の両名は突嗟に一家鏖殺の上金品を強奪しようと決意し、被告人が右鐵俸を、国本某が右薪割をもつて、それぞれ鵜沢季子(当時三十一年)及就寝中の右鵜沢重成(当時三十五年)、同人長女鵜沢和子(当時四年)、右鵜沢季子弟中村雄(当時二十八年)の四人の頭部顔面等をつぎつぎ亂打し、更に相共に同家二階の前記関野幸之助方六畳間に到り、同様右兇器をもつてそれぞれ就寝中の同人(当時三十五年)及同人妻関野リキ(当時三十二年)、同人長男関野喜雄(当時十一年)、同人次男関野範晴(当時九年)の四人の頭部顔面等をつぎつぎ亂打し、因つて関野リキをして頭部及顔面打撲による脳障礎により即死させ、関野幸之助をして翌三日、関野喜雄をして同月五日、同市国府台国立国府台病院でいずれも頭部打撲による頭蓋骨折脳損傷により死亡させて殺害し、鵜沢季子外四名に対しては殺害の目的を遂げなかつたが、同女をして百二日間入院治療を要する頭部顔面挫創兼脳震盪症兼前頭骨陥凹骨折兼左示指切断創を、鵜沢和子をして三十五日間入院治療を要する側頭頂部陥凹骨折兼右上膊骨折を、鵜沢重成をして十七日間入院治療を要する脳震盪兼頭部挫創を、関野範晴をして八十五日間入院治療を要する脳震盪症蓋骨骨折右視神経障碍を、中村雄をして七十二日間入院治療を要する右側頭部陥凹骨折兼側頭部頭頂挫創兼脳震盪症を負わせた上、前記関野幸之助所有の現金約二千円在中の財布を強取し、

第二 通稱若林某、小林某の両名と共謀の上、金品を強取しようと企て、昭和二十三年五月二五日午前一時三十分頃横浜市南区笹下町雑色四千六百二十八番地進駐軍廃品処理業荒井耕太郎方で若林某が右耕太郎及同人妻荒井君子に対し所携の日本刀ようの銃剣(袋入)を突立て、被告人が同居人荒井賢一及同人妻荒井麻子に対し所携の匕首を突きつけそれぞれ「静かにしろ、金を出せ」等と脅迫し、右耕太郎等四名及同家女中萩谷喜代子の手足を所在の紐、手拭等で縛り、その口中に有合せの布切等を押し込んで猿轡をはめ、更に蒲団をかぶせるの暴行を加えて、その反抗を抑壓した上、右耕太郎所有の現金九萬六千円位及時計指輪等装身具雑品合計十四点(時価合計二萬五千八百円位相当)を強取し、

第三 通稱棟方次郎、斎藤勇の両名と共謀の上、金品を強取しようと企て同年七月六日午前三時頃横須賀市長浦二百八十七番地金岩永治こと金禎錫方で同人及同人内妻木村義子に対し、棟方次郎が所携の拳銃ようのものを、被告人が所携の匕首を、それぞれ示して、「金はどこにある」等と脅迫し、右両名の手足を所携の麻縄で縛り、所在のシヤツで猿轡をはめる等の暴行を加えて、その反抗を抑壓した上、右禎錫所有の現金三萬円及同人保管にかかる実兄金岩光一所有の現金五萬円計八萬円在中の白ズツク製鞄一個を強取し、

第四 通稱稲垣某、小林某、若梅某、若林某の四名と共謀の上、金品を強取しようと企て、昭和二十四年五月二十九日午前三時頃千葉市吾妻町三丁目七十八番地金物商勝山栄吉方に赴き、稲垣某、若梅某が同家屋外で見張をし、被告人、小林某、若林某が同家屋内で右栄吉及同人娘とよに対し匕首を示して「静かにしろ、金を出せ」等と脅迫し、所在の電熱器のコード、手拭で右栄吉の手足を、帯揚げ帯留めで右とよの手足を縛り、帯で目隠しをして、更に蒲団をかぶせる等の暴行を加えて、その反抗を抑壓した上、右栄吉の現金一萬千円位を強取し、

第五 通稱斎藤某、棟方次郎の両名と共謀の上、金品を強取しようと企て、同年七月二十一日午前三時頃同市千葉町百十一番地雑貨商鶴岡フヨ方に赴き、同家屋外で斎藤某が見張をし、同家屋内で棟方次郎が右フヨに対し、所携の銃剣ようのものを突きつけ、畳に数回突刺して、「金を出せ、騒ぐな。騒ぐと殺すぞ」等と脅迫し、所在の帯揚げ、腰紐で手足を縛り、猿轡をはめ、更に毛布をかぶせるの暴行を加えて、その反抗を抑壓した上、右フヨ所有の現金五千円位及羊かん等菓子若干を強取し、

第六 通稱斎藤某外一名と共謀の上、金品を強取しようと企て、同年七月二十八日午前五時頃横浜市鶴見区矢向神田町三百七十一番地土倉辰五郎方で被告人が同人妻土倉ヒサに対し「静かにしろ」と脅迫し、同女を倒して所携の細紐で両手を縛り、外一名が口中にハンカチを押し込み、被告人が外一名と共に細紐で両足を縛り、更に衣類をかぶせて腰かける等の暴行を加えて、その反抗を抑壓した上、同女保管にかかる食糧営団矢向配給所々有の現金二十二萬五千円位及右辰五郎所有の現金二千円位計二十二萬七千円位を強取し、

第七 通稱小林某、若林某、斎藤某の三名と共謀の上、金品を窃取しようと企て、同年八月十二日午後三時頃同市鶴見区市場町千六百三十九番地樋川ブン方で被告人が金品を物色中同女に発見されたので、居直つて強取しようと決意し、同女に対し所携の匕首を突きつけ「騒ぐとこれだぞ」と脅迫し、小林某と共に所在の布切で手足を縛り、有合せの布切を口中に押し込んで所在の風呂敷で猿轡をはめて、押入に押し込み、更に毛布をかぶせるの暴行を加えて、その反抗を抑壓した上、同女所有の袷羽織一枚外衣類雑品合計三十六点(時価合計二十一萬四千円位相当)を強取し、

第八 通稱棟方次郎外一名と共謀の上、金品を窃取しようと企て、昭和二十五年二月十一日午前零時三十分頃千葉市要町六十五番地喫茶店栗山義方で棒ようの木刀を携え、同人所有の現金三千二百円位を探し出して同家を立ち去らうとした際、同人妻栗山たけ、女店員宮内かね等に騒がれたので、その逮捕を免れるため、同女等に対し「なに、こら」と凄んで脅迫し、

第九 通稱小林某一名と共謀の上、金品を強取しようと企て、同年五月二十日午前二時頃横浜市鶴見区下谷野町三丁目九十六番地雑貨商滝金作方で被告人が右金作の妻たみに対し所携の匕首を示し、「動くな、金を出せ」等と脅迫して、その反抗を抑壓した上、右金作所有の現金三千円位を強取し、

第十通稱国本某外一名と共謀の上、

(1) 昭和二十二年七月二十九日頃埼玉県北埼玉郡川辺村字柏戸七百二十六番地増田広吉方で同人所有の紺ラシヤオーバー一着外衣類二十一点(時価合計三萬八千円位相当)を窃取し

(2) 同年九月四日頃同村字柏戸七百二十八番地木村とみ方で同女所有の黒羽二重紋付羽織一枚外衣類八十八点位(時価合計十四萬六千三百円位相当)を窃取し、

第十一 チビこと辻春一と共謀の上、昭和二十五年五月十六日頃千葉県印旛郡佐倉町岩名番地不詳関川愛太郎方で同人所有の黒ラシヤ女物コート一枚外衣類十一点柳行李一個(時価合計二千百円位相当)を窃取し、

第十二 嬰井某、辻春一の両名と共謀の上、同月下旬同県千葉郡大和田町字大和田七百六十三番地高橋かん方で同女所有の人絹羽織一枚外衣類四点(時価合計三千六百円位相当)を窃取し、

(第十三ないし第十九は省略)

たものであつて、第一の各強盗殺人、各強盗殺人未遂、第十の各窃盗の所為は犯意継続にかかるものである。

以上

(別紙(二))

原判決の認定した確定裁判(原文のまま)

被告人は(1)、昭和二十五年五月十三日佐倉簡易裁判所で窃盗罪により懲役六月(但し三年間執行猶予)に、((2)は省略)にそれぞれ処せられ、右裁判はいずれも当時確定した。

以上

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